よく「被災地にも笑いを」なんていうヤツがいるけど、今まさに苦しみの渦中にある人を笑いで励まそうなんてのは、戯(ざ)れ言でしかない。しっかりメシが食えて、安らかに眠れる場所があって、人間は初めて心から笑えるんだ。悲しいけど、目の前に死がチラついてる時には、芸術や演芸なんてのはどうだっていいんだよ。
『この震災を「2万人が死んだ一つの事件」と考えると、被害者のことをまったく理解できないんだよ。
nそうじゃなくて、そこには「1人が死んだ事件が2万件あった」ってことなんだよ。』一個人にとっては、他人が何万人も死ぬことよりも、自分の子供や身内が一人死ぬことの方がずっと辛いし、深い傷になる。残酷な言い方をすれば、自分の大事な人が生きていれば、10万人死んでも100万人死んでもいいと思ってしまうのが人間なんだよ。
n2011.3.15 4箱
n2011.3.16 1箱
n2011.3.17 1箱
n2011.3.18 5本
n2011.3.19 1本
n2011.3.20 0
n2011.3.21 1+1/3本
n2011.3.22 0本
節煙と言うか禁煙と言うか、目の前に煙草は沢山あるんだけど、殆ど吸おうという気になれない。
nいつも3カートンずつ買って、1日3箱~4箱吸ってたから、これくらい一週間足らずで無くなってた。
以前書いた通り、増税前も後も同じ。
nお酒は、メリットとデメリットを考えてデメリットが勝つから止めた。
n煙草は喫煙のメリットの方が勝つから、煙草を吸いながら死ねたら本望と、増税で1箱1000円になっても2000円になっても止めないつもりだった。
nだけど、15日の夜に3.5箱/日x410円x30日≒43,000円/月が義援金にまわせるって思ったら節煙のメリットが喫煙のメリットを追い越して、吸う気にならなくなったというわけで、我ながらビックリなのです。
nそれだけ今回の震災は自分の中でとても大きい。
n
募金だって今までは殆ど関心なくて、やっても数千円くらいまでで、○桁万円なんて考えられなかった。
「1人が死んだ事件が2万件あった」としても「自分の大事な人が生きていれば、10万人死んでも100万人死んでもいいと思ってしまうのが人間なんだよ」
nのんきな人はのんきなまま。
nたった少しの自由を阻害されるからって“不謹慎”という言葉を目の敵にしてる人も居る。
nみんなそれぞれに、自分のやってる事が最善だと信念を持ってやってたらそれで良いと思いますよ。
nだけど、某えらい人が言ってたけど、それが我欲まみれだったら、天罰を受けて気付くでしょうね。
自分達の国日本で「1人が死んだ事件が同時に2万件以上もあった」時に派手な事をやってたらそりゃぁ快く思わない人が大勢出ますよね。
n東北で死者行方不明者2万人以上と言う事は国内に親族血族関係者がその何倍も居るという事。
nそれを考慮した言動行動をする事が人としての道理じゃないでしょうか。
nインターネットという世界中の人が誰でも閲覧できる場でチャラチャラする事はそれに反してると誰でもわかるでしょう。
nそれがわからんのは「我欲だけ」で「震災は他人事」と取られても仕方ない。
n一生派手な事を控えろなんて誰も言ってないんです。
n時と場をわきまえて、せめて数週間~49日くらい我慢出来んのですかね。
n経済復興も大事だけど、それだけじゃないんです。
「こういう時だからこそ普段より多く買い物をして経済を・・・」なんてのは浅はか過ぎるんです。
nそんな事で経済が上向くならとっくに不景気から脱出してる。
nもしそんな事を国民の大半がやったとしたらわずか一瞬だけ経済が動いてその後に待ってるのは貧困でしかなく何の解決にもならん。
nそれよりもきちんと国全体で亡くなられた方達を弔って喪に服して、その後に足並みをそろえて進みだす方がどれだけ良いだろうか。
nたった数週間も待ち切れずに自分勝手に我欲でバラバラに動き出したら、上手く行くものも崩れてしまう。
今、日本人の意識は大きく変わろうとしてる気がする。
n今まで地に足がついてなかった人も、子供も大人もきちんと立って人助けをしようと頑張ってる。
n人が人を想い合い、世界に誇れる日本になった時、それが亡くなられた方達への一番の供養じゃないかと思うんです。
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震災関係で記憶に残ったもの
津波の死体のほとんどは、パンツしか身に纏っていない。衣服は様々なところに引っ掛かってしまうからだ。体中のそこかしこもぶつかり、顔半分がなかったりしている。見つけたときに目が見開いていて目が合う。このこと知りたくなかった・・・。けど、それでも家族と再会できて喜んでる人がいた。@mazinal
台湾TV番組からの義援金が41億円に – Ameba News [アメーバニュース]
【prayforjapan】世界から届いた日本への祈り – NAVER まとめ
[prayforjapan.jp] 地震発生後、インターネットに投稿された心温まるつぶやき
YouTube – 大津波の被害にあったノンちゃん探し Looking for victims of the tsunami, her non-
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n週刊ポスト「21世紀毒談特別編」より何よりまず、今回の震災で被災された方々nには心よりお見舞い申し上げます。こんな大惨事になるとは思ってもみなかった。ちょうど地震の時は調布のスタジオでn『アウトレイジ』続編の打ち合わせをしててさ。オイラ、普段は大きな地震でも平気なn顔して座ってるタイプなんだよ。だけど今回は、スタジオの窓から見えるnゴミ焼却炉のデカい煙突がグラグラしててさ。今にもこっちに倒れてきそうなんで、nたまらず逃げたね。こんなこと初めてだよ。そんなの、震源地に近い東北の方々の被害nに比べりゃ何でもない話だけどさ。どのチャンネルつけても、報道番組一色で、nオイラはすっかりテレビから遠ざかっちまった。こうなってくると、ホントにお笑い芸人nとかバラエティ番組にできることは少ないよ。地震発生から間もない14日の月曜日に、n『世界まる見え!テレビ特捜部』(日本テレビ系)nの収録があって、スタジオに客まで入れたんだけど、n直前に取り止めたんだ。所(ジョージ)と相談してさ。こんな時に着ぐるみ着てバカやれないよって。nとてもじゃないけど笑えないよってさ。よく「被災地にも笑いを」なんていうヤツがnいるけど、今まさに苦しみの渦中にある人をn笑いで励まそうなんてのは、戯(ざ)れ言でしかない。しっかりメシが食えて、安らかに眠れる場所がnあって、人間は初めて心から笑えるんだ。悲しいけど、目の前に死がチラついてる時には、n芸術や演芸なんてのはどうだっていいんだよ。オイラたち芸人にできることがあるとすれば、n震災が落ち着いてからだね。悲しみを乗り越えてこれから立ち上がろうってn時に、「笑い」が役に立つかもしれない。n早く、そんな日がくればいいね。常々オイラは考えてるんだけど、こういうn大変な時に一番大事なのは「想像力」nじゃないかって思う。今回の震災の死者は1万人、もしかしたらn2万人を超えてしまうかもしれない。テレビや新聞でも、見出しになるのはn死者と行方不明者の数ばっかりだ。だけど、この震災を「2万人が死んだ一つnの事件」と考えると、被害者のことをnまったく理解できないんだよ。じゃあ、8万人以上が死んだ中国のn四川大地震と比べたらマシだったのか、nそんな風に数字でしか考えられなくnなっちまう。それは死者への冒?だよ。人の命は、2万分の1でも8万分の1でもない。nそうじゃなくて、そこには「1人が死んだn事件が2万件あった」ってことなんだよ。本来「悲しみ」っていうのはすごくn個人的なものだからね。被災地のインタビューを見たって、nみんな最初に口をついて出てくるのはn「妻が」「子供が」だろ。一個人にとっては、他人が何万人もn死ぬことよりも、自分の子供や身内がn一人死ぬことの方がずっと辛いし、n深い傷になる。残酷な言い方をすれば、自分の大事なn人が生きていれば、10万人死んでもn100万人死んでもいいと思ってしまうnのが人間なんだよ。そう考えれば、震災被害の本当のn「重み」がわかると思う。2万通りの死に、それぞれ身を引き裂かれるn思いを感じている人たちがいて、nその悲しみに今も耐えてるんだから。だから、日本中が重苦しい雰囲気にnなってしまうのも仕方がないよな。その地震の揺れの大きさと被害も相まって、n日本の多くの人たちが現在進行形で身のn危険を感じているわけでね。その悲しみと恐怖の「実感」がn全国を覆っているんだからさ。逆にいえば、それは普段日本人がいかにn「死」を見て見ぬふりしてきたかというn証拠だよ。海の向こうで内戦やテロが起こってnどんなに人が死んだって、国内で毎年3万人nの自殺者が出ていたって、ほとんどの人はn深く考えもしないし、悲しまなかった。「当事者」になって死と恐怖を実感してn初めて、心からその重さがわかるんだよ。それにしても、n今回の地震はショックだったね。こんな不安感の中で、普段通り生きるnのは大変なことだよ。原発もどうなるかわからないし、政府もn何考えてるんだかって体たらくだしさ。政治家や官僚たちにいいたいことは山ほどnあるけど、それは次回に置いとくよ。まぁとにかく、こんな状況の中で、n平常心でいるのは難しい。これを読んでる人たちの中にも、nなかなか日頃の仕事が手につかないnって人は多いと思うぜ。それでも、オイラたちは毎日やるべきnことを淡々とこなすしかないんだよ。nもう、それしかない。人はいずれ死ぬんだ。nそれが長いか、短いかでしかない。どんなに長く生きたいと願ったって、nそうは生きられやしないんだ。「諦め」とか「覚悟」とまではいわないnけど、それを受け入れると、何かがn変わっていく気がするんだよ。オイラはバイク事故(1994年)で死を覚悟nしてから、その前とその後の人生がn丸きり変わっちまった。今でもたまに、「オイラはあの事故でn昏睡状態になっちまって、それから後のn人生は、夢を見ているだけなんじゃないか」nと思うことがある。ハッと気がつくと、病院のベッドの上でn寝ているんじゃないかって思ってゾッとnすることがよくあるんだ。そんな儲けもんの人生だから、あとはnやりたいことをやってゲラゲラ笑ってn暮らそうと思うんだ。それはこんな時でも変わらないよ。nやりたいことは何だって?バカヤロー、n決まってるだろ。最後にもう一本、最高の映画を作ってnやろうかってね。